遺志を演じる2つの影

4月13日の金曜日
開放された洋館の玄関扉。
塀には不自然に目立つ鎖。
それを見つけた使用人が主人に知らせ、
警備の者達は急ぎ宝物庫を囲った。


そんな中、玄関近くに位置する書斎に
一つの影が佇んでいた。
一冊の本を手に取り、口元を緩めながら。
「ふふっ。見つけたわ。これこそ私が私である証」
「ほう? 本当にそうなのかい?」


「!! だれっ!?」
暗闇の中で、驚く女。
書斎の入り口にもたれ掛かっている男はこう言った。
「訊きたいのは俺のほうだよ。泥棒さん?」


あっけなく正体のばれたその女は、
開き直って言い放った。
「ふふん。知りたいのなら教えてあげる」
そして、手にする本のタイトルをなぞった。
「私の名はレイフィ。そう、この本に描かれた主人公」


すると男は、泥棒の期待とは真反対の反応を示した。
拳にくすっと笑い声を当てつつ、
「へぇ、奇遇だな」
と言って、わざとらしく山高帽を冠り直した。


レイフィは、呆然としていた。
我が完璧な計画を、ことごとく見透かされていることに。
「…? 何が?」
間の空いた返答を男へよこした。


男は、少しばかり失望の色を見せながら、
しかし得意げに説明を始めた。
「実は、俺もその本の中に描かれているんだよ。
丁度、君を追いかける探偵としてね」


レイフィはようやく要領を得た。
それでも、彼女には俄に信じられなかった。
「もしかして、あなたの名は……ツユリ!?」
「ご名答」


「さて、歓談したいところだが」
ツユリは宝物庫の方角を向いた。
「そろそろ警備もこちらへ向かうところだろう」
「何? 私を手助けするつもり?」
レイフィはうっとうしそうに言った。


「残念ながら、今は俺も不法侵入者なのでね。
さあ、その本を元へ戻せ。
泥棒でなければ、俺には捕まえられないからな」
ツユリはまだ、廊下の奥を見つめている。


「あなたは……何をしに来たの?」
しぶしぶと本を書架に戻しながら、
ツユリの横顔に質問をぶつけた。
「もちろん、今日の出来事の結末を、
その本と全く同じにするためさ」


「やっぱり、レイフィは失敗したんだね」
レイフィの言葉に、ツユリは初めて困惑の表情を見せた。
「やっぱり、とは?」
「私はこの本の結末を知らない。だからこそ頂戴しに来たのだけど」


「なるほど。だから盗りに来たと言うわけか。
あいつの書いた、最初で最後の小説。
世にも出なかった、世界にただ一つの本」
「あいつを知っているんだね?」
「ああ、もちろん」


廊下に明かりが灯った。
「まずい。俺はもう出るぞ」
振り向くと、ピンク色の髪が目に飛び込んで来た。
「私は……そうは行かないよ!」


レイフィは、颯爽と宝物庫の方へ走り抜けた。
「いたぞ! 不審者だ!」
「くっ!」
ツユリは猛然と走り出し、
書斎の窓から飛び出して、闇に紛れた。


そのさなか、ツユリは書架を横目で流し見ていた。
そして――あの本がなくなっていることに気付いた。
旧友との思い出の品、
「レイフィとツユリ」と題された本が。



2018年4月13日の金曜日に続く)