島田紳助さん

23日付で突然の引退宣言をされた島田紳助さん。
個人的にはややファンなので、惜しい気持ちはありますが、
引退というのは、それらしい選択だなあと思いました。


裏で何が回っていようとぼくの知ったことではないし、
別段の興味もありません。
ただ、この一連の出来事が、本当にあの会見程度の内容だったとしても、
ぼくが同じ立場にいたら、ぼくは同じ選択をするんじゃないかな。


何が正しくて、何が間違っているという議論は、
これまで長く続けられてきたし、まだまだ続くでしょう。
人には人の正義があるんだ、という言い方もあります。


かといって、自分勝手に正義を振り回していては、
傷つく人間が増える一方です。
だから、馬鹿な人間が正義を統一したのです。
その馬鹿な人間のおかげで、
ぼくたちはこうやって安全に過ごせているわけですが。


ある集団に属する以上、
その集団の正義を我が正義とする必要があります。
日本に住むのなら、日本の正義、
すなわち日本の法律を遵守しなければならない。
組織にも組織の正義があるわけです。


会見で聞く限りでは、
自分はセーフだと思っていたことがアウトだった、
ということを仰ってました。
それはつまり、組織の正義に反したとも取れます。
だから、謹慎処分という罰が下されるはずだったのでしょう。


しかし、それよりもはるかに重い引退という選択をした。なぜか。
ぼくならば、こう考えます。


今まで自分は、自分の正義が組織の正義に反していないと考えていた。
自分のすることは、少なくとも組織にとっては間違いではないと。
会見でもあったように、まったく悪気がなかったのです。
ところが、それが間違っていたことに気付いた。
何十年もの間、間違い続けてきたことに、初めて気が付いた。
恐るべきことです。人生がひっくり返ったようなものですから。


そう考えれば、ここで引退という選択をして、
少しでも人生のリセットに近い行動をとることは、
とても自然な流れだと、ぼくは考えます。
罰じゃなく、意に沿わない正義からの離脱なんじゃないかと。
もちろん、この考えが真実であるかどうかなんてわかりません。


戦略的で、ずる賢い頭の持ち主ですから、
真正面から受け止めるなと言われるかもしれません。
しかしやはり、ぼくは同情します。
ぼくは、島田紳助という人間を信じたい。


ともあれ、お疲れ様でした。
楽しませてもらいました。ありがとうございます。
これからどんな活躍をされるのか存じませんが、
期待せずにお持ちしています。