ひきつねとひやきつね

人里離れた森。
こうもりが巣くう、うっそうとした不気味な森。
気味悪がって、ながい間だれも近づこうとしない
この森の奥には、二つの光が棲んでいました。


ひきつねとひやきつね。
ふたりはふたごの兄弟です。
ひきつねは生まれたときから
りんご色にぼうっと照って、とぉっても温かいのです。
ひやきつねは生まれたときから
水のきらきらするように白色に輝いて、ひんやり涼しいのです。


ひきつねは、水や空気を冷やしてくれる
ひやきつねが大好きです。
ひやきつねも、寝床を温めてくれる
ひきつねが大好きです。
ふたりはとっても仲良し。
この森で、いつもいっしょに遊んでいました。


ふたりが生まれてから、
この森はずいぶん明るくなりました。
ひきつねが通ると森の木は温かくなって元気になり、
ひやきつねが通るとよどんだ水がきれいになりました。
ふたりが歩けば歩くほど、
森は明るくなっていきました。


しかし、こうもり達は困っていました。
ふたりの声が聞こえると、
こうもり達はいちもくさんに洞穴に隠れました。
ふたりがとっても眩しいからです。
そんなとき、いたずらなふたりはわざと洞穴に入って、
こうもり達をおどかして遊びました。


あるときこうもり達は、
もうこの森に棲むのを諦めようと言いました。
ふたりがいると、おちおち寝てもいられない。
そこで、みんなで違う森に引っ越すことにしました。
漆黒の夜、ばさばさっ、ばさばさっといっせいに飛び立って、
一夜のうちにこうもりはいなくなってしまいました。


その様子を見ていた村人は、悪いことが起こる前触れかも
しれないと思い、みんなに知らせに行きました。


明くる朝、
ひきつねは森が静かなのに気がつきました。
ひやきつねも辺りを見回します。
けれど、そこにはもう、こうもりはいません。
ふたりはさびしくなりました。
あんないたずら、止しておけばよかったな。
ふたりはちょっぴり悔しくなりました。


そのとき、とおくのくさむらが、がさがさっ、と揺れました。
ひきつねは、もしかしてと思って
そのくさむらに駆け寄りました。
わくわくしながら、ひょいとのぞきこむと、
そこには銃を持った村人が隠れていました。


「け、けものだあ〜〜!」
ひきつねはびっくりして飛び退きました。
そして、振り返ってひやきつねのいる所へ戻ろうとした
その時です。




――バアーーン――




ひきつねは倒れこんでしまいました。
りんご色の光が、すこしずつ失せていきます。
足もしっぽも動かなくなり、
ひきつねは闇色に染まってしまいました。


「もう一匹いるぞー!」
ひやきつねはびっくりしました。
別の村人が、ひやきつねに向けて銃を構えているのです。
ひやきつねは怖くなりました。
鬼のような村人の顔を見て。
事切れたひきつねの姿を見て。


次の瞬間、
ひやきつねは走り出しました。
ただただ走り続けました。
振り返ることなく、ただただひたすらに。


走り続けて、ついに森を抜けだしました。
ひやきつねは、初めて森の外に出ました。
それでも、振り返って森を見ようとはしませんでした。
初めての草原を、まっすぐ走り抜けます。


ひやきつねは、空が眩しいことに気がつきました。
ふと空を見上げてみると、
なんとそこにはひきつねが見えました。
けれど、ひきつねはすごい速さで逃げるのです。
まって、まってよと、ひやきつねは追いかけました。


ひやきつねは、走るのが辛くなってきました。
それでも、走るのはやめません。
どうにかしてひきつねに追いつこうと、
必死で走っていました。
不思議なことにひやきつねがゆっくりになると、
ひきつねもゆっくりになるのでした。
そんなとき、大きな森が前に見えてきました。


ひきつねは森の中に隠れてしまいました。
ひやきつねも後を追って森に入りました。
しかし、もうひやきつねは走れません。
その場にへたり込んでしまいました。
しばらくすると、自分の体が
だんだん冷たくなっているように感じました。


ひやきつねはもう動けません。
まるで氷のようです。
こんなとき、ひきつねがいてくれたら。


そのとき、なぜか体がほんのり温かくなりました。
こうもり達です。
こうもり達がひやきつねを温めてくれていたのです。
そう、ここはこうもり達の新しい森だったのです。


ひやきつねは、ひとりぼっちじゃないことに気づきました。
みんなに見守られている、
そう思うと、嬉しくてたまらなくなりました。
そうして、ひやきつねは静かに目を閉じました。


あたりはすっかり暗くなってしまいました。
こうもり達は、一匹、また一匹とひやきつねから離れます。
こうもり達は、森の外へ出ていきました。
あらわれたひやきつねの体の光は、すっかり消えていました。
それでも、笑顔が消えることはありませんでした。


森の外でこうもり達は、
淡い月の光を、惜しむように眺めていました。